梶谷 真司。 梶谷真司

真司 梶谷 真司 梶谷

「私以外〜私じゃないの〜。 コンテストについても「学生の自主性に任せても何も変わらないとき、駒場祭実行委員会や大学当局が口を出さないのは現状を認めていることと同じです」。

12
真司 梶谷 真司 梶谷

東大ミス・ミスターコンは、その開催を問い直す岐路に立たされている。 は私の友人もとてもおすすめしていたのでリンクを貼っておきます。 誰が話しているかわかる。

3
真司 梶谷 真司 梶谷

むしろそれができないこと、「考えないこと」が当たり前となっていて、そうだとは自覚されていないのだ。 しかし、大学1年生にとってパズルの組み立て方もわからなければパズルのピースさえも潤沢にない。

真司 梶谷 真司 梶谷

自由かつ自己責任の、しかも多様性をもった人々との対話がいかに視野を開き、問い思索するという哲学的行為に結びつく可能性を秘めてるのかが熱く語られている。 「哲学対話」というのは、5人から20人くらいで輪になって座り、一つのテーマについて自由に話をしながら、いっしょに考えていくというものである。 「私たちは、考えることで自由になれる。

9
真司 梶谷 真司 梶谷

私がはじめて見たのは、2012年の夏、ハワイであった。 こちらが今回わたしの疑問に答えてくださった梶谷 真司(かじたに しんじ)先生。

3
真司 梶谷 真司 梶谷

そしてパズルを一つ一つ回収することに慣れてきたらそこから派生するパズルを自分で生成できるようになります。

19
真司 梶谷 真司 梶谷

自身が高校3年生の時に(6年前だなんて・・・)に論文を書く課題の際にもらった参考書を引っ張りだし、そこからヒントを得ながら文章・レポートの書き方を私なりにまとめ直してみました。 その時、子どもたちが真剣に考えながらも、うれしそうに笑っている様子を見て、何とも晴れやかな衝撃を受けた。

19
真司 梶谷 真司 梶谷

人格否定は本末転倒。

7
真司 梶谷 真司 梶谷

その実践から分かった、難しい知識の羅列ではない、考えることそのものとしての哲学とは?生きているかぎり、いつでも誰にでも必要な、まったく新しい哲学の誕生。 背景には、無意識な差別的言動を指すマイクロアグレッションが問題視され始めたことがある。